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設立趣意書

< 設 立 趣 意 書 >

今、私たちの毎日の中で、かつてはあったはずのもの。
でももうなくなってしまったもの。そんなものがいくつあるでしょうか。

そのひとつに、「人情」があると私たちは考えます。

かつて、人と人の間に確かに存在したもの。
しかし、今は、その意味すらわからなくなってしまっている。
それが、「人情」というコトバだと思います。

江戸期の暮らしが環境の側面からクローズアップされて久しいですね。
循環型社会の理想郷であると。
しかし、評価すべきは、環境の側面なのでしょうか。
太陽の恵みと植物の光合成する力だけで成り立っていた時代と現代(いま)を比べるのはやや無理があるのでは?。

本当の意味で、今こそ江戸に学ぶべきは、人と人の間に交わされていた情交や思いやりの精神ではないのでしょうか。

江戸から明治初期にその基本的な形が出来上がった落語という文化。そこには、江戸の暮らしがいきいきと描写されていること、交わされる人々の会話のそこかしこに、人情と呼べるものがあふれているように思います。

八や与太、ご隠居さんにおかみさん。定吉に大だんな。長屋衆に、幇間に芸者衆。
多彩な顔ぶれが、お互いの存在を認め合い、時には喧嘩もし、だましあい、でもかばいあい、さいごはホロリ。歯に絹を着せない、でも、やせ我慢をしつつも、お互いをしっかりと尊重しあう。

みなさんの毎日の暮らしや地域のつながりの中で、そんな細やかな情交に触れることができていますか?

私たちは落語・江戸を入り口にして、利便性、合理性追求の現代社会で、絶対に失ってしまいたくない人情というもの、自分以外のものを大切に感じ、想像力をもって人と接し、人間存在を愛するということをもう一度、学びたい、感じたい、気づきたいと考えています。

落語の本物に触れ、
人間の機微、本質に触れ、
自分の気持ちにぽっかりと穴が開いたり、満たされたり。
そして、しらずしらずのうちに泪が止まらなくなる。

乾いてしまっている心に潤いのある時間を共有したいと考えています。

* メンバーの中に、そろそろ2歳の娘がいるものがいます。
娘を抱いていると、すれ違う、そしてきっと二度と会うことのないはずの、名前も知らない見ず知らずの方々が、にっこりして、

「あら、かわいいわね」
「ありがとうございます」
「おいくつ?」
「ようやくふたつです」

そんな短いやり取りの中で、満面の笑顔の交換をさせえもらえます。
本当に心がほっこりしてきます。
そして、やさしい気持ちになる。といいます。

この人情噺の会も、そういう存在であってほしいと願っています。

人情噺に触れた後、思わず周りの人と笑顔で優しい気持ちの交換ができますように。
帰りの電車の中でも。帰ってご家族とのお話しの中でも。
そして、できうることなら、毎日の暮らしもその延長にありますように。

次の会まで、その思いをお持ちいただけるよう、私たちも精一杯努めさせていただきたいと思います。

そう願って、私たちはこの会を立ち上げます。


平成20年8月吉日

江戸に“幸福力”を学ぶ、人情噺の会(旧久松町倶楽部) 発起人一同
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